■嗚呼、橋本力 「映画秘宝 ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!」は、ブルース・リーブームなどという一時的な現象を超えて、ブルース・リーという存在の絶対性を確立した歴史的な書の一つである。 この書の中でも屈指の一篇が、河崎実氏による橋本力氏のインタビュー「ブルース・リーに蹴られた男」であることに異論を唱える人はいないだろう。 そのリード文「座頭市、眠狂四郎、ガメラ、油すましと戦い、ブルース・リーとジャッキー・チェンに挟まれた大魔神!」は、名文中の名文であり、インタビューの末尾は「――ブルース・リーと戦った男が大魔神であるという事実は世界の映画史に燦然と輝く神話であり、我々が日本に生まれて良かった数少ない誇りだ! ありがとう、橋本力さん!!」と、胸のすく言葉で締められている。 橋本氏のインタビューを繰り返し読むたびに、当然のことながら、『ドラゴン怒りの鉄拳』はもちろん、『大魔神』『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』『妖怪大戦争』などを見たくなってしまうのだが、ちょうど良いタイミングで、『大魔神』がフィルムセンターで上映された。 橋本氏は、「大魔神は神様なんでとにかくまばたきしないでくれ」と指示されていたことを語っているが、『大魔神』を見るのが5回目となる今回初めて、魔神がまばたきをするショットを発見した。 悪者を全員退治した魔神が、その暴走をやめず、今度は村人たちを手にかけ始めたところに、高田美和の小笹が駆け寄って懇願し、魔神の足に涙を落とす。これを見た魔神は、ここでのみまばたきをするのである。 「まばたきするな」と言われていたのだから、まばたきしてしまうことは、本来なら演出ミス、あるいは演技ミスである。しかし、魔神がふと人の心に触れた、というか魔神の心が動かされたことを伝えるには、このまばたきが絶好の表現となったことは否定できまい。 ボツとなるはずのショットを拾い、それを感情表現の一種として生き返らせる。そんなところに、映画が裸になってその真実をさらけ出した瞬間を見せられる喜びを感じずにはいられない。 ■水の物語 『大魔神』では、高田美和の落とす涙が重要な要素となったわけだが、2作目の『大魔神怒る』では、湖が舞台となって、涙という水(=液体)が極端に拡大される。さらには、二代目ヒロインとなる藤村志保が、高田美和のまったく及ばぬ、美しくも情感にあふれる涙を見せて、大魔神と水の密接なるつながりを完璧なまでに強固なものとして確立させた。 そして、第3作にしてシリーズの最終作『大魔神逆襲』では、水は雪に形を変えて画面を覆い尽くし、もはや液体の状態をなし得ぬ方向へと進みながら、大魔神全体の終焉を迎えることになる。 大魔神そのものは、石という物質のイメージが強いが、実は水が常に魔神を包み、支え、『大魔神』シリーズの大きな支柱となっていた(『大魔神』で魔神が奉られているのは滝の上である)ことを、橋本力氏のまばたきを見るとともに、深い感銘をもって思い知らされた。