自然光とはいえ、この暗さは通常なら絶対に失敗とされるべきものだ。自然光撮影が大成功だった『ロシアン・ブラザー』ですら、これほど暗い画面ではない。しかし、『裏切り者』が輝きを放っているのは、この暗さゆえである。『A.I.』『パールハーバー』『千と千尋の神隠し』『PLANET
OF APES 猿の惑星』『ジュラシック・パーク」』といった夏の壊滅的な大作群が虚しく去ったかと思ったら、秋は秋で『エボルーション』『トゥームレイダー』『ソードフィッシュ』『ヤング・ブラッド』といったこれまた空虚な代物が連続し、もしかしたら映画は本当に滅びてしまうのかもしれない、と思っていた矢先に、この『裏切り者』が登場し、平坦な明るさを徹底して排除したがゆえの輝きを獲得したのである。
■フェイ・ダナウェイの勝利
マーク・ウォールバーグは、夏の大作『PLANET OF APES 猿の惑星』に主演し、特殊メイクの猿にも劣る、味気のない表情をさらしていたが、『裏切り者』で完全に脱皮することができた。(ま、『裏切り者』の方が1年前の映画なのだが)特に、逆光で顔が見えないショットでは、クリント・イーストウッドに続く、新たな逆光のヒーロー誕生という確かな手応えを感じることができる。
しかし、この映画で、一頭抜きんでる輝きを見せつけたのは、フェイ・ダナウェイである。彼女は、マーク・ウォールバーグの出所祝いパーティのシーンから出ているのだが、やはり暗くて顔がわからない。フェイ・ダナウェイであることがわかるのは、映画が途中まで進んでからだ。
顔すらも判別できないような暗さの中から、フェイ・ダナウェイは、次第にその存在を拡大していく。アップがあるわけでもないのに、深い諦念をきざんだその表情は、画面全体の暗さを促進させながら、この映画とともに輝きを放つ。娘シャリーズ・セロンの死を知らされたとき、その表情は、エレン・バースティン、ジェームズ・カーンといった1970年代から復活した名優たちをも大きく引き離した迫力をもって、忘れられない印象残すのだった。
フェイ・ダナウェイと共に、見逃せない存在感を示したのが、ホアキン・フェニックスである。組織のボス、親友、そして恋人と、あらゆる方向から二重三重の板ばさみにされて奈落へと転落していくその落ちぶれようが、この上なく魅力的だ。恋人のシャリーズ・セロンを誤って事故死させてしまってから、警察に逮捕されるまでのアップは、彼の流す大粒の涙と共に、この映画の暗さと最も共鳴し合った悲痛さとして、長く記憶されることとなるに違いない。