■トータル的な自己防衛
――まず初めに、PDSとはどういうものなのかをお聞きしたいと思います。
毛利 パーソナル(personal)ディフェンス(defense)システム(systems)の頭文字から、PDSと名づけました。
「術」とは、どう対処するか、という範囲のものなのですが、システムとしたのは、トータル的に危険をどう回避するかを目指すからです。
交渉や説得によって、感情のわだかまりや怒りをふりほどくこともそこには含まれています。
もし、殺傷しようという意志がはっきりしているのなら、手を出してきます。しかし、口で何かを言ってくるということは、他に目的があるからです。それを見極め、最初から相手の感情を受け流すのです。
1 事前に避ける
2 交渉術でいなす
3 体術でいなす
これらをトータル自己防衛とし、システムとしているのです。
危険度によって、どう対処したらよいかを判断します。危険度の分析が必要になります。
――比率としては、1、2、3はどうなりますか?
毛利 1と2が8割です。
――それは日本の状況だと、そうなるのですか?
毛利 人間の心理に共通しているものなんです。
――すると各国共通なんですね。通常、護身術というと、3から始まりますが、8割を見落としているんですね。
毛利 戦うということよりも、逃げる、相手をなだめる、という選択肢をとるんです。
相手が何か言ってくるには理由があるのだから、それがどうしてかを判断する。いきなり体術を使って相手が引き下がるかといったら、そうではありませんから。
――こうしたシステムは、どこから生まれたのですか?
毛利 SWATです。人質救出部隊ですね。
――アメリカですか。
毛利 警察の特殊部隊です。SWATで指導をしていたのですが、そこでは逮捕・制圧が中心となります。発砲は最終手段なんです。
彼らは銃を持って行動しますから、片手が使えません。3、4キロもあるサブマシンガンですから、両足はしっかり地面についていなければいけません。だから蹴りもできませんよ。残った片手でいかにして倒すか? しかも相手を傷つけることなく、安全性を加味させる必要もあります。
――柔道は両手を使ってつかむものですから、使えない、ということになりますか。
毛利 捕り方次第ですね。柔道一辺倒だと厳しいですが、そこは微妙な部分です。崩しなど、柔道の要素も入っていますから。ただ、実戦ですぐ使うには、片手から入るのが基本です。
正当防衛はどう成立するのか?
――行使する局面で変わってくるわけですね。そして、正当防衛の範囲で。
毛利 正当防衛ということでいえば、武術をやっている人で、刑法三十六条と三十七条を理解していて、説明できる人は少ないはずです。こうした法的な部分も全部証明できて、初めて正当防衛が成り立つのですから。
刑法三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しない
刑法三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を越えなかった場合に限り、罰しない
胸ぐらをつかまれて、いきなり掌底を打ち込んでいたら、これは過剰防衛ですから。
――相手に1回殴らせてからやればいい、という話も聞きますが。
毛利 どうですかねえ。目撃者や裁判官がどっちに味方するか?
――ボクサーが、相手のパンチに対してクロスで当てちゃったり。
毛利 ボクシングをやっているということだけで、法的な面で「自分の技が凶器になり得ること、わかってるよね?」となりますから。
――前蹴りなんか、リーチがあるから、もっと怖いですね。
毛利 間合の問題ですね。そこまで接近するのがおかしい。武道は、構えから始まりますが、そこで勘違いが起こっている。試合はそれでいいんです。止まってください、と言っても止まらない場合が危険なのであって、それでも逃げないというのは、逆に攻撃する意志があった、ととらえられてもおかしくありません。
相手が触れる距離には入らない。そこまで入ったら、おしまいなんです。行動と反応では、どうしても反応が遅い。先に手を出した方が強いですよ。
――触れられない距離に身を置くわけですか。
毛利 ここからは、というラインはないんです。本当に、殺そう、という明確な意志があれば、どこからでも来ますから。
いちばん重要なのは間合です。間合がすべてなんです。間合がとれれば、タイミングもとれます。
――例えば、小学生が暴漢の目を突いたらどうなりますか?
毛利 本人が、それしか方法がなかった、と言い切れるのか? 小学生に論理的思考を要求するのは難しいですが、手の甲で叩いてもいいのに、なぜ目を突くのか? ということになりますよね。目を潰しにいく意志があったと解釈されてもおかしくはない。逃げることが目的なのであって、やっつけるのではいけないんです。
――襲う人の心理は、あまり考えれないんですが、交渉術には、必要になってきますね。
毛利 戦わずして勝つ。武道の真理ですよね。体術は最終手段なんです。SWATも同じで、彼らの仕事は8割方が交渉ですよ。突入なんて、ファイナルオプションなんですから。
相手のプライドをどう扱うか? バスジャックを運転手がなだめた事件がありましたが、あれと同じです。相手のプライドを傷つけずに交渉するんです。
――あの運転手は、優れた交渉人だったんですねえ。
毛利 人生経験でしょう。若い運転手だとわからなかった。歳がいっていて、いろいろな経験をしてきたから、可能になったことでしょう。
自分がどれだけ知っているか、ということですね。誰でも過去は振り返りたがらない、しゃべりたがらないんですが、過去の自分を受け入れていれば、ゆとりが生まれ、強く見せたいと思う相手の弱点が見えてくるんです。
ゆとりはとても大切です。普段のトレーニングでも通用します。1日おきで、週3回です。木刀振りと歩くことだけ。木刀は、普通、剣道なら、右手右足前で行いますが、私は右手右足前左手左足前、右手左足前、左手右足前、の4種類を均等に行い
ます。
歩く方は、一本の線からはずれずに正中線を崩さず歩くようにしています。重心のかけ方が意識でき、足の裏に何%かかっているか、足で地面をどう咬んでいるか、ということがはっきり意識できるようになります。
朝から晩まで、根性、根性で練習していたのでは、感覚がわからなくなってしまいます。1日おきながら、ゆとりを持ち、リラックスしているからこそ、悪いところが見えてきて、集中力も生まれるんです。
でも、うちのスタッフにしても、こういうことを持続するのは難しい。木刀だけではおもろしみがありませんから。ナイフの方がカッコいい、となってしまう。
しかし、それらに共通するのは腰の動きなんです。大リーグのイチローがいちばんいい例ですよ。腰を作るには、歩くことがいちばん。
――指導はどうされているんですか?
毛利 その都度、微妙に技が変わっています。だからスタッフは大変です(笑)。
――原則からおぼえれば、あとは反応だけなんですね。
毛利 その通りです。
声の当て身
――声を使うというのは、具体的にどういうことなんでしょう?
毛利 声の当て身ですね。声が拡散してしまってはいけない。しっかり相手に伝わる声でなければいけません。
――気合で相手がすくんでしまう、ということもありますね。
毛利 気合とは、相手に対しての威嚇もありますが、自分を高めるものですよね。
しかし、本当の声の当て身は、相手への働きかけです。それはタイミングなんです。
相手を打つとき、息を吸うところ、吸おうとするところを打ちますが、会話中のそうしたタイミングを狙うことが重要です。
――相手をムカッとさせたら、まずいですね。
毛利 声で相手をコントロールするんです。これが体術だけだと、相手はエスカレートしてしまいます。
――何を言えばいいんですか?
毛利 それは、状況によって変わります。
「やめてください」を「やめてくれ」とも言えるし、「やめて!」あるいは「やめろ!」とも言えます。
声のトーンを変化させるだけでも変わってきます。言い方は人それぞれです。
相手の話を意識的に聞く、ということも大切です。誰かに自分の意志を伝えたい、と思うのが一般的なのですから、相手がしゃべっているときは、聞き役に徹するようにすればいい。
武術との関わり
――そうした総合的な危機回避の方法は、本来は武術に含まれていたものでした。
毛利 昔はそうです。いかにして戦わないか? それが大切でしたから。誰かまわずに道場に集まって練習して、手の内を明かす、なんてことは、おかしいんです。
PDSは、個人個人がふだんから練習したり、研究したりしている動きを検証する場なんです。果たしてそれが通用するのかを確認するんですね。
だから、他の武道をやっている人たちが来ると、混乱してしまう。「何だ、これは?」と言ってますから。
――技は各自が自由にやっていいんですか?
毛利 何でもオッケーです。ただし、今のは何の動きなのか、納得のいく説明ができればいい。
――正中線、球体運動、コールドとホット…。
毛利 あとは反射とか。いろんな要素がありますよね。呼吸力もある。基本は正中線です。
ただ、ボクがこうやったから、同じようにやりました、ではNGです。同じ技にはならないんです。自分に合ったタイミングもある。ふだんから自分で理論づけながら練習しなければいけません。
段階を踏んだ護身へ
――コールドとホットはどういう関係になるのですか?
毛利 両手を拡げて、手の平の内側がホットゾーン。手の甲から外側がコールドゾー
ンです。
いかにしてコールドへスイッチしていくか? 相手が凶器を持っている可能性、複数である可能性を想定し、側面に入っていけなければ、次には行けません。
――格闘技にはない発想なんですよね。だいたい武器を持ったりしてたら、反則になってしまいますから。
毛利 そうか(笑)。反則…。
――崩しも非常に
毛利 簡単に言うと、爪先に重心がかかると、前方に崩れ、踵に重心がかかると、後方に崩れます。この2つです。
コールドから崩す、ホットから崩す。これらを可能にするのは、タイミングです。後方に崩すのは、少し早めに動く。前方は、ギアをシフトする感じです。
基本としては、相手の顎と両肩で三角形をイメージして、その中で動きます。攻撃してくる時には、この三角形が動きます。それで打つのがわかり、タイミングをつかむことができます。ただ、達人クラスになると、肩のラインを溶かしこんで、動きをさとられないようにするので、注意が必要です。
とにかく、相手の動きに合わせて、動く。それが後の先です。
――護身では、後の先が大事なんですね。
毛利 先の先はまずいですよ。それは、「かかってこい!」の世界です。
うちで教えていることは、他から来た人から言わせると、最初からこんなこと教え
ていいのか、ということらしいんです。
――例えば?
毛利 顎と肩の三角形、肩甲骨の浮かし…。
投げにしても、うちは真下に落としています。複数の敵を想定したら、飛ばすような投げは打てません。限界まで行って、ポンと落とす。大きな動きにはならないんです。ビデオでは、わざとハデに飛ばしてますが(笑)。
――包丁に対する護身を習っても、いざとなると使えない人が多いと思うんですが、心のトレーニングはどうしているんですか?
毛利 実際には、コントロールするだけです。うばいとる必要はありません。それは手段の一つです。目的は、コントロールして回避することです。
また、刃の背の部分を押さえてしまえば、最悪のケースでも皮膚一枚が傷つくだけです。致命傷を負うということはないのです。
PDSでは、それらを段階を踏んで教えます。気合や根性だけで身につくものではないんです。
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